会社概要

社名 有限会社 きもの専門店 ほのべ京染店

代表者     保延 廣昭 

設立 平成7年より有限会社 (創業 昭和36年)

事業内容 呉服販売 呉服加工 お手入れ一般及び

着付けなどアフターサービス

業種 小売業 資本金 300万円

所在地 221-0005横浜市神奈川区松見町1-46-7

 ☎ 045(433)1116 0120-116-244


保延廣昭 プロフィール

1961年(昭和36年)5月26日生 丑年

A型 双子座 趣味 音楽鑑賞 パソコン

カメラ ギターなど

1980年横浜商業(Y校)を卒業

1980年4月 京都矢野商店にて住込修行

 京染・悉皆業の基礎を学ぶ。

1983年4月横浜に戻り、父永昭のもとで

店の仕事を始めて現在に至る。



テレビ 出演体験記

2020年 (令和2年)7月10日の木曜日、地元テレビ神奈川の

取材を受けました。2日前の火曜日の夕方、電話がかかって

来ました。取材内容は、横浜市の来年の成人式が、

コロナにて中止に対してのコメントのニュースの取材でした。

緊張は少し致しましたが、スタッフさんも青木アナ

カメラマンさん、運転手さんと少数ですし、

リラックスした中1時間ほど行われ、無事終わりました。

私が出たシーンはだいたい、ニュース映像は30秒くらいでしょうか。

どうも有難うございました。ご苦労様でした。

その後、横浜市も成人式、2箇所にて時間も

分散するという事で開催決定致しまして、

我々、成人式に携わる人間に取っても良かったです。


tvk news link 映像

テレビ神奈川 news link  月~金 21:30


2010年(平成22年)1月6日、水曜日のお昼頃でした。

CBCテレビ(TBS系)の制作局の

澤木様より突然のお電話を頂きました。

あさっての放送で、急な話

ですが、明日ロケに行きたいとお電話頂きました。

えなりかずき君がMCで、お天気情報バラエティ

『そらナビ』です。
成人式を前に、成人式のお天気が気になる人と

いう意味で、横浜の美容院と着付けをしている

お店を探しているという番組のコーナーを作りたいとの事でした。

主に、着付け担当の家内に対する取材で、私の

映るシーンは、このワンカットだけでした。

友達とかに色々話しましたが残念でした。

成人式の日の歩き方など、ちよっとしたことも

打ちあわせなどして、半日くらい撮影に

費やしました。お疲れ様でございました。

昼間の平日の番組でしたが、地上波初登場で

我が店にとつて、色々な反響がございました。

大変良い宣伝になり良い思い出です。



ケーブルテレビに出演致しました。

2007年(平成19年)5月末のある日、YCVケーブルビジョンの髙幡さんよりお電話を頂きました。
この度、「夫婦時間 おふたいむ」というワンランク上質な夫婦での時間のすごし方。

という情報番組にぜひ出演して欲しいといわれました。

きものを着て粋な休日という主旨の番組という事です。

去年のラジオといい、このようなチャンスは滅多にないものなので
ラジオの生放送と違い録画ですし、うまく編集するとの事で、

快く引き受ける事に致しました。6月3日(日)当店にて打ち合わせ、

そして3日後の6月6日(水)当店にて、取材をかねた収録が行われました。
吉内アナウンサーのリードのもとに緊張は致しましたが、

ゆかたの事や着付けの事、営業の事などなんとか伝えたい事は言えたと思います。


 そして、約一週間後の6月12日の火曜日に今度は、私と吉内アナできものを着て
神楽坂を散策するというロケに行きました。お天気も非常に良く、きものの
単衣に大変気持ちの良い風も時折あります。私自身神楽坂は初めて訪れる街です。
路地裏に大変味わいのある、おしゃれなバーや飲食店が隠れ家的にございます。
  まず、最初に訪れたお店が神楽坂茶寮という甘味処です。冷たいお茶とあんみつが
とても美味しかったです。まずお店の中で食べているシーンを撮り、後からお店に入ると
いった段取りで撮影は続きました。人気のお店で11時30分の開店前には、女性客のグループが
行列になっていました。それから毘沙門天にてお参りのシーンを撮りました。
その後、路地裏を歩くシーンなどを何回か撮りました。
  昼食後、休憩などをはさみ、最後にサンファソンというフランス料理のお店に入りました。
私自身、滅多にフランス料理などは口にしないのですが、とても美味しかったです。
朝から夕方まで、本当に緊張もしましたが、吉内アナのリードのもと、大変有意義な1日が
すごせました。制作の髙幡様・吉内アナそして重たい三脚などを持ち歩いてくれた
女性スタッフの皆様どうも有難うございました。


           TKCN共同制作番組    イッツ・コミュニケーションズ株式会社・YOUテレビ株式会社
                     横浜ケーブルビジョン株式会社・株式会社横浜テレビ局


tbsラジオ「ゆうゆうワイド」に出演致しました。

再生ボタンで当時のラジオ音源が聴けます。約24分ございます。

それは、1本の電話から始まりました。2006年(平成18年)7月14日の

金曜日の夕方でした。「私、TBSラジオの谷口と申しますが、

お宅のホームページを見て今度ぜひ当ラジオの毒蝮三太夫 

ミュージックプレゼントに出演して見ませんか?
という主旨のお電話を頂きました。早速家族会議をして、何とかこういう機会も
めったにないので、出演する事に決めました。さていざ出演する事になったものの
何をどうしゃっべったらいいのか、日増しに緊張してまいりました。

しかも生放送です。


 そして、7月27日の木曜日、お電話下さった制作の谷口様と初めての打ち合わせを
致しました。色々とお店の事、店のモットー、お店の売り、アピールしたい点などなど
二時間ほどの打ち合わせを致しました。この番組は、毒蝮さんも、本番までは、
我々といっさい会わないで、ぶっつけ本番で毒蝮三太夫さんのアドリブで
思ったままをしゃべり、お店の人やその周りの近所の人たちを、うまく巻き込み
毒蝮さん流に番組を作るトークバラエティです。

そして何と37年も続いているラジオ番組です。
それでは、その日の思い出の写真など撮りましたのでご覧下さい。


 8月1日(火曜日)朝の九時前に、先発隊のラジオ車が到着致しました。
そして、手際よく早速本番に向けてセッティングなどを始められました。

本番まで、約1時間あまりです。毎日、移動していますから
今日は、赤坂より一時間くらいで着きました。近かったですよ。と佐藤キャスター
TBSスタッフは、時に運転手からセッティングまたキャスターになり、
天気予報や交通情報などすべてこなします。いよいよ、

集音マイクもセッティング終了致しました。
いよいよ、本番まであと数分です。緊張感もだんだん高まってまいりました。

すべて放送終了後近所のお客様を交え、一枚一枚、毒蝮様がお客様にサインをして頂き、
丁寧におひとりずつ写真も撮って頂き、夢のような時間は、あっと過ぎてしまいました。
 ところが、その後大参事
が起きてしまいました。
デジタルカメラという物は、便利な反面本当に恐ろしい物で私が父に、このボタンを押せば
一枚、一枚コマ送りで写真が見れるとカメラを渡しました。

そして、悲劇は起きました。全て、消去してOKボタンを繰り返し押し続けていたみたいで、

結果全ての写真を消してしまいました。
その日の記念写真は、これ以上一枚もなく消えてしまいました。

私達もあきらめられずにいました。
TBSの谷口様にも記録用にそちらでも撮っていなかったかメールも送りました。そしてすぐ
お電話を頂きましたが、残念ながら撮ってはいませんです。との事でした。
しかし、横浜近郊での放送にいつでもまた、遊びに来て下さい。

蝮さんに、いつでも写真を一緒に撮ってくれる様に頼んで上げますよ。

といわれ再度家族で毒蝮さんの現場に逢いに行きました。


そして、9月15日(金曜日) ヨークマート戸塚原宿店の放送現場におじゃましました。

「坂の途中のお店だったろ!よく憶えているよ。よく来てくれたね。遠くなかったかい?」
と言って声をかけて頂きました。そしてまず皆で記念撮影致しました。

 

母とのツーショット写真です。「おーい。お母ちゃん!」
と母を呼び一緒に撮ろうよ。言って下さり、一緒に
撮って下さいました。
最後に撤収中の綾部キャスターと
一緒に記念撮影をお願い致しました。彼女は、8月1日の当店での放送に、
来て下さったキャスターのおひとりです。当店での放送にて、スポンサーのプレゼンターを
やっていただきました。またお会いできてよかったです。
どうも有難うございました。こちらは、8月1日に、蝮さんに頂きました
サイン色紙です。

「面白きこともなき世を、面白く」「伝統を大切に」とサインを頂きました。

大変良いことばです。伝統を絶やさない様に頑張りたいと思います。



毒蝮様は、放送での毒舌とは、裏腹にとても優しく、皆に気遣いして下さるとても優しい人でした。
8月1日、9月15日大変良い思い出の日になりました。制作の谷口様・渡辺様以下、スタッフの皆様
本当に有難うございました。そして、毒蝮三太夫様いつまでもお元気で、1日も永く番組を続けて下さい。
どうも有難うございました。またその後、谷口様よりお電話をいただきました。
なんと8月1日の写真が見つかったとの事。
その日の模様が、佐藤キャスターが記録としてTBS写真缶
という記録のページに残して下さっていたのです。画像は、小さいのですが、わざわざ当日、ゆかたを着て
来て下さった蝮さんと我々家族のゆかたでの一枚が残っていました。感激でした。
佐藤キャスター本当に有難うございました。